Friday, February 12, 2021

第二章 香港(1)

  長距離フライトで10時間を超えるとエコノミーではきついが、ビジネスクラスでは疲れ方がまったく違う。ゴーっとした音を子守唄にフラットシートに体を伸ばして熟睡し、気がつくと客室乗務員が朝食前の蒸しタオルを配りはじめていた。

 MI5はお金があるのだろうか。どこまで本当かわからないが、007シリーズの映画を観る限り貧乏という感じはない。ネコが勤めていた組織では出張費の規定が厳しく、かなり遠方への海外出張や上級管理職でもほぼ100%エコノミークラスだった。それでも疲れを見せないアメリカ人たちに驚いたものだ。

 とにかく予算があるのは素晴らしい。作り立てのオムレツと温かいパン、新鮮なサラダとヨーグルト、メロンとイチゴ、キウイフルーツとりんごのスライスを乗せた皿が次々と白い布のナプキンの上に置かれる。食後のコーヒーを飲みながら、明日の展示会をどう回るか、つらつらと考える。食事を終えてトイレと歯磨きをすませ、着陸態勢に備える。

 キャセイ・パシフィック航空の機体はなめらかに着陸し、早朝の香港国際空港に到着した。イギリス英語の機長アナウンスが流れ、つづいて客室乗務員がマンダリンと広東語に通訳する。マンダリン、広東語の順番であることが、香港の「中国化」をあらためて感じさせる。

 空港内のあちこちに中華人民共和国と香港政府の旗がならんでいる。6月の香港はすでにかなり蒸し暑く、エアポートエクスプレスの車内はガンガンにエアコンが効いていて寒い。香港駅で降り、予約しているグランドハイアットにタクシーで向かう。

 大きな花瓶に色とりどりの花々が宿泊客を迎える。茶系のロビーは塵ひとつなく磨かれ、グランドピアノの生演奏が聞こえる。

 チェックインをすませて45階の客室に向かう。ドアを開けてカードキーを差し込むと、部屋の照明がいっせいにつく。カーテンを開けると、真っ青な空の下にヴィクトリアハーバーと高層ビル群が広がる。湿度の高い香港では、どんなに掃除を徹底しても中庭に面した部屋は少しカビ臭いが、オーシャンビューではそれも感じない。

 日本円で1泊7万円もする部屋だが、ボンドの世界では当たり前のようだ。むしろスイートでなくて申し訳ないという感じだった。

 東側の窓から、さんさんと降り注ぐ太陽がまぶしいが、長旅の疲れと時差ボケでどっと眠くなってきた。自動ボタンでカーテンを閉めて部屋の電気を消すと、真っ暗である。低反発枕に首を安定させ、羽毛布団をかけるとすぐに眠りに落ちた。

 トゥルルル。。。電話が鳴っているようだが、用事があればボイスメッセージに入れるだろう。 

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