Thursday, February 4, 2021

第一章 ロンドン(9)

 颯爽と登壇したコロナは、小さな黒いマイクを胸にピンでとめている。TED talksの講演のように流暢に話しはじめる。

「まずはコロナウイルスという微生物である私に声を与え、発言する機会をくださったドイツ政府に感謝します。アニマルウエルフェア(動物福祉)を尊重する考え方から来たものと理解しています。

 アニマルウエルフェアこそ私の使命そのものです。人間、サル、トラ、サーモン、カニ、そしてウイルスもすべてアニマルです。辞書を引くと"a living organism that feeds on organic matter"と定義されています。

 さらにWikiでは、アニマルウエルフェアを「人間が動物に対して与える痛みやストレスといった苦痛を最小限に抑えるなどの活動により、動物の心理学的幸福を実現する考え方」と意味づけています。

 ここで人間がほかの人間に与えてきた苦痛を振り返ってみましょう。世界的な規模で始まったきっかけは「新大陸発見」であり、奴隷制度、植民地支配、戦争と続いてきました。イギリスをはじめとする欧州勢力がアメリカの原住民を殺害し、アフリカから黒人を連行して奴隷として働かせ、アジアやアフリカ、中南米などを植民地化した。第二次大戦では多くの市民も犠牲になった。9-11、イラク戦争、シリア情勢など「動物福祉」の真逆の行為はとどまるところを知りません。

 まずは犯人たちにお灸を据える必要がある。私はその使命を受けて誕生しました。米国で最も犠牲者が多いのはこのためです。これまで米国が国内外で行ってきた殺戮、空爆、原爆投下、9-11の自作自演、でっちあげた理由による戦争、軍事力を背景にしたヤクザまがいの略奪行為は許されるものではない。そのような勢力を弱体化させることが、世界的な動物福祉につながります」

 聴衆の表情はさまざまだった。アメリカ人の顔は凍りつき、アジアやアフリカなど有色人種の間では思わず苦笑もこぼれた。

 コロナ禍の真っ最中、ネコは米国の友人や元同僚が心配でたまらなかった。その一方で東京大空襲など米国が各地で行った空襲、原爆投下、沖縄の地上戦、さらには米系組織の欺瞞を思い出し、ついにアメリカには天罰が下ったのかとも感じていた。

 おそるおそる、こうした感想を中国人の友人に話してみると、彼も同じような見方をしていた。「たしかに一般の米国市民に罪はない。だが全体としてみれば、米国が長年行ってきた略奪行為で得た国益によって、彼らも恩恵を受けている。アメリカ人のノーベル賞受賞者は多数いるが、そのほとんどは白人で、原住民はいないのではないかと思う」

 一呼吸を置いてコロナは講演を続ける。

「イギリスで発生した変異株にも同じような背景があります。すぐ近くの大英博物館に行ってみてください。古代エジプトやギリシャから略奪してきた芸術作品が展示されています。その説明がふるっているじゃないですか。イギリス人がこうして持ち帰ったからこそ、古代芸術は保護された。ロンドンで展示されたことで一般の理解も深まった、と。傲慢な上から目線も甚だしい。大英博物館が観光資源となってイギリス経済に貢献したとは、一言も言わないんです」

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